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Domaine Philippe Delesvaux

ドメーヌ・フィリップ・ドゥレヴォー


運命の畑との出会い   
コトー・デュ・レイヨンの帝王と呼ばれて久しいフィリップ・ドゥレヴォー。パリ、ヴェルサイユ、ワインとは全く関わりのない家で生まれ、鉱物学を得意とする彼が農業学校を出て研修生としてアンジュー近郊の農家で牧畜の世話や穀物の栽培に加えてブドウ栽培にも触れたことでワイン造りの道を目指すことになります。「最初は皆が僕のことをからかった」と回想するフィリップ。1982年、アンジェの南にあるサントーバン・ド・リュイニエの荒廃した3ヘクタールのブドウ畑を借り妻カトリーヌとワイン造りを始めました。
ここはロワール川とレイヨン川を望む高台、ブドウ畑に囲まれた素晴らしい風景が広がる場所で6世紀頃から既に上質な甘口ワインが出来ることで有名な地でした。ロワール川対岸にはクール・ド・セランを見渡すことができる高台のブドウ畑は早朝から夕方までしっかりと陽が当たりブドウが良く熟します。ここは2つの川から発生する霧と日照、そして風が吹き抜ける場所で貴腐菌の発生にはまさに最適な場所、ここからフィリップは3段階に分けてブドウを収穫し主に3種類のコトー・デュ・レイヨンを造ります。


畑を覆うようにそびえたつシストの石壁は100年以上からここにあるもの。冷たい北風を遮り、冬にはこのクロ(石壁)が蓄熱し夜間も熱を放出する大切な役割を果たします。この場所は「ラ・エ・ロング(La Haie Long)=長い生垣」と呼ばれ、昔から風の強い場所だったため住民たちが風よけのために植物を植えたことがこの名の由来です。そして壁づたいに食用のブドウや洋梨、桑の実、マルメロ、ノワゼット、プリュネル(リンボク)など様々な植物が育てられています。ここははるか昔、池のような場所だった時期がありました。また近くには大昔、火山だった場所があり、ドゥレヴォーの畑にはこのテロワールの昔の様子を語る様々な石が転がっています。かつては石炭の採掘場としても栄えた場所で石炭が混じる黒い土壌が特徴です。


満足のいかないブドウは畑に残す                              1990年代にはフィリップのコトー・デュ・レイヨンの噂がじわじわと広まり長年の努力が報われる時がやってきました。畑を少しずつ買い足して行くうちフィリップはビオディナミの道を進むことを決意。何も加えず天然酵母だけで補糖せず造り最低限の亜硫酸塩を加える方法へ転換し、ヴィンテージや区画ごと、テロワールごとにキュヴェを造り始めます。それと同時にニコラ・ジョリーによって創設された自然派の生産者団体ルネッサンス・デ・ザペラシオンに加わりプレパラシオンなども友人たちと手作りするようになりました。常に良いブドウしか収穫をしないため、基準に満たないブドウは収穫せず畑に残すという決断をします。「2012年はカベルネ・フランを一部畑に残さざるを得なかったし、2012、2013年のシュナン・ブランはアルコール度数が上がらずセレクション・グラン・ノーブルを造ることができなかった。だから、フイユ・ドールとコトー・デュ・レイヨン・パスリエ(貴腐のつかない段階で収穫する)のシュナンを収穫して、残りは結局畑に残ったままだったわ。満足いかないものを収穫して、補糖して、色々な魔法の粉を足してまでワインを造るつもりはないわ!」と妻のカトリーヌ。ドゥレヴォーではソーテルヌのラ・トゥール・ブランシュのお下がりの樽を購入し、コトー・デュ・レイヨンとアンジュー・ブランを醸造、熟成します。カベルネ・フランとカベルネ・ソーヴィニョンから造るアンジュー・ルージュには樽は使用せずステンレスタンクのみを使用、果実の透明感のある味わいを表現します。
2016、2017年と霜、雹そしてベト病による大被害を受け収穫量が激減、全てのキュヴェを造ることは叶いませんでした。それにもかかわらず収穫が殆どなかった生産者に丹念に育て上げたブドウを分けてあげた心優しいドゥレヴォー夫妻。過去の度重なる苦労を知る2人ならではの優しい心遣いです。さらには収穫量が減っても「多くの人に我々のワインを飲んで欲しい」と安易に値上げに踏み切ることはありません。